ASKAが3年ぶりのテレビ出演で語った言葉|その3

【ASKAインタビューの全文 ②からの続き

――ASKAさんにずばり伺います。この出演を再出発、再活動へのきっかけと捉えていいんでしょうか?

いろんな意味である角度から見るとそう見えるのでしょうけど、自分ではそう思ってなくて、あのー、何でしょうね。執行猶予期間ということで、ある人は「静かに動かない方がいい」。ある人は「これを自由と捉えるべきだ」といろんな見方があると思うんですけど。僕はある意味、社会になじんでいくためのリハビリの期間だと思っているんですね。自分のリハビリは何だと考えたときに音楽を作っていくことだということで、今回も結局、その情熱を切らさないためにアルバムを作ったということなんですね。

今回、そのアルバムをきっかけに自分が世の中にどう映っているんだろう? というところで。メディアのなかでどうしてもね。おもしろおかしく書かれたり、発言されたりすることが多かったので。耐えてはいたんですけど。普通の自然な自分であることはちゃんとお伝えしておかないといけないなっていうこともあって、今回なんですね。

――なぜ、この福岡からということなんでしょう?

コンプライアンスという、昨今、皆さんが使う言葉なんですけどもね。その縛り受けて、東京のスタジオであったりが使えなくなったんですね。執行猶予期間はやっぱり使えないということで、もちろん、コンサートホールも無理ですし。でも、レコーディングは自宅の中でデータ物は進んでいると、かなり、ほぼ出来上がっていて、後は生楽器に差し替えるということだけだったんですけど、それができなかった。はて、どうしたものかと思ったときに、結局、福岡が、ふるさとが、こちらでやんなよと全面的に手を広げてくれて。その発想は最初はなかったですね。

でも、こっちに戻っておいでよという一言から、一気にレコーディングが進みましたね。ミュージシャンも本当に、合わせたんじゃないかというくらい、その隙間に、スペースに、スケジュールが空いていて、全員でこっちに戻ってきて、乗り込んで来て、福岡のレコーディングスタジオでアルバムを作ったんですけどね。

――福岡に対する思いというものはこれまでと変わるものがありますか?

デビュー当時はあまりにも福岡を意識し過ぎていて、「ただいま」と言うと「おかえりなさい」と言っていただけるので、その空気感が気持ちよくて特別な場所としてたんですけどね。ただ、うまくいかないんですよ。コンサートが。何度も続くんですよ、それが。前の日までよかったのに、何で福岡に帰ってくるとコンサートがうまくいかないんだろうという不完全燃焼のような気持ちを残して福岡を立たなきゃいけなかったりするんですけどね。

それがあるときに気が付いたんですよ。あまりにも福岡を意識し過ぎていて、いつものようにやらなければいけない。僕らいま、東京に住んでると福岡はもちろん、生まれ故郷ではあるけれども、地方の一つと捉えた活動をやるべきだと気持ちを切り替えたんですよ。その切り替えができた途端、いいライブがやれるようになったので、やっぱり特別なところだという気持ちでいたんだなと。それから長くそういう気持ちを持ちながらの活動だったんですけど。今回は最終的に、結局、母親のような両親のような気持ちで、背中を押してくれることになったのはふるさと福岡じゃないかっていうところでの感謝は大きいですね。

――『FUKUOKA』という曲にはどんな思いが込められていますか?

アルバムは本来12曲の予定だったんですけど、福岡でレコーディングが決まったときにすぐ、ギターで軽く作ってみた楽曲がすごく良くて、響きが。それに『FUKUOKA』という詩を載せて感謝の意を込めて作ることができて、今回、アルバムの1曲目にもなりましたしね。そういう意味では気持ちを当然のように表した楽曲になりましたね。

(了)

 

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