大坂なおみの「国籍」を奪い合う日米両テニス協会

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テニスの国別対抗戦『フェド杯』の女子アジア・オセアニアゾーン1部決勝が2月11日に行われ、日本はカザフスタンに敗れたため、4月のワールドグループ2部への入れ替え戦には進めなかった。しかし、今回の日本代表メンバー4名のうち、大坂なおみだけは唯一の勝利を収め、実力をしっかりと見せつけた。

この結果を受けて、以前から大坂の才能に着目していたアメリカのテニス関係者の動向が慌ただしくなってきている。

「アメリカの女子テニス選手は強豪ぞろいとはいえ、現在の世界ランキング首位のセリーナ、4大大会7度の優勝を誇るビーナスのウィリアムズ姉妹を除けば、スターと呼べる選手が育っていません。アメリカテニス協会が大坂の父親に好条件を提示し、アメリカ国籍の選手になってほしいとアプローチを重ねています」(テニス専門雑誌ライター)

この提案に一時期、大坂は揺れていたという。中南米のハイチ共和国出身でアメリカ人の父を持つ関係で、大坂は二重国籍となっていたためだ。

大坂は将来的に、世界ランキングトップ10に入ることが有力と言われている才能の持ち主で、日本テニス協会も彼女をそう安々と流出させるわけにはいかない。今回のフェド杯に大阪を国の代表選手に選出したのは、食指を伸ばすアメリカへの対抗手段でもあるのだ。過去に国別対抗戦に出たあとで、他国の代表選手になるのは困難とされている通例があることを利用したのである。

「『これでもうアメリカは大坂に手を出すことができなくなった』と、日本テニス協会は、してやったりの表情を浮かべていましたよ」(体協詰め記者)

大坂自身も将来のビジョンを具体的に描きはじめているようだ。

「大坂は『日本代表として東京五輪に出たい』と話していましたが、今回の国別対抗戦に本当に出場するまで、関係者は安心していませんでした。いままで大坂に帯同するのは、コーチ役の父親だけでしたが、今回は日本テニス協会のスタッフも一緒に同行していたので、もう大丈夫でしょう」(同・記者)

今回、大坂は日本語での質疑応答にも挑戦し、ホームページも開設するなど、さらに日本になじもうと努力している。さらに、二重国籍を認めない日本の選手になるということは、“22歳”までにその手続きを完了させなければならない。

「日本には無名時代から応援してくれた友人や近所の人もいて、大坂は『どんなに大金を積まれてもそういう人たちを裏切れない』と言っています」(前出・ライター)

大阪市で生まれ、4歳でアメリカに移住した大坂。アメリカ生活が長くても、義理人情の“なにわ節”は染みついて離れないのだ。

 

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