タモリ、加藤茶、宮崎駿… 盟友への“泣ける弔辞”を振り返る

タモリ

画/彩賀ゆう (C)まいじつ

新型コロナウイルスによる肺炎のため、3月29日に70歳で死去した国民的コメディアンの志村けんさん。4月1日に放送された追悼特番『46年間笑いをありがとう』(フジテレビ系)では、加藤茶や高木ブー、仲本工事の『ザ・ドリフターズ』メンバーが集結し、珠玉の名作コントを振り返った。

そして番組の終盤、加藤が「志村、ひど過ぎるぞお前」「長さんの次は高木ブーだと思ってた」「(天国でいかり長介と)ドリフの新しいネタでも考えていてくれよ。5人がそっちに全員集合したら、そっちのお客さんを大爆笑させようぜ。約束だぞ」と志村さんへ、笑いあり涙ありの弔辞を読み上げ、視聴者からは絶賛の声が上がった。

一方の高木は、コメントを求められても黙っているばかり。加藤に「今、完全に寝てたでしょ!?」とツッコミを入れられると、高木は「もう決めました」とポツリ。「46年『ドリフターズ』として志村と一緒にやってきて、一般の方と違うんだよ、僕らは。だから志村は死なないの。ずっと生きてる」と、メッセージを伝え、加藤とはまた違う感銘をもたらした。

そんな「追悼メッセージに反響が上がった人」を他にも紹介しよう。

 

故人の魂は脈々と受け継がれて…

まずは、お笑いビッグスリーの一角を担うタモリ。芸能界入りのきっかけともなり、自身の芸に最も影響を与えた人物、漫画家の赤塚不二夫さんに対して「私もあなたの数多くの作品の1つです」と弔辞を読み上げた。

「〝伝説視〟されている理由は、その内容もさることながら、約8分間の弔辞のメモが〝白紙〟だったこと。タモリ本人いわく、前日に酒を飲んだため紙に書くのが面倒になり、赤塚さんといえば〝ギャグの人〟ということから白紙のメモを見ながら話すことに決めたとか。タモリのことなのでどこまでが本当か分かりませんが、見る人それぞれに何かを感じさせる、印象的な弔辞になりましたね」(芸能ライター)

『スタジオジブリ』の映画監督・宮崎駿の弔辞も話題になった。盟友であった監督・高畑勲さんが2018年に亡くなり、「ジブリらしい盛大なお別れを」とのことで、多くの関係者を招いたお別れ会は『三鷹の森ジブリ美術館』で行われた。弔辞では、1968年公開の長篇アニメ映画『太陽の王子 ホルスの大冒険』制作当時の逸話を生き生きと振り返り、高畑さんの超人かつ温かい人柄を語った。

そして最後には「僕らは精一杯、あのとき、生きたんだ。膝を折らなかったパクさんの姿勢は、僕らのものだったんだ。ありがとう、パクさん。55年前に、あの雨上がりのバス停で、声を掛けてくれたパクさんのことを忘れない」と、初めて会った日のことを涙ながらに語るのだった。

志村さん、赤塚さん、高畑さん、今日における日本のエンタメの祖を築いた人が亡くなった。これらの弔辞を聞く限り、故人の魂は脈々と受け継がれていることは間違いなさそうだ。

 

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