ブルゾンちえみ“自分を偽っていた”に呆れ声「あのアリサマで?」

ブルゾンちえみ 

(C)まいじつ 

発売中の雑誌『婦人公論』5月26日号に、つい最近まで〝ブルゾンちえみ〟として活動していたタレント・藤原史織の独占インタビューが掲載された。一部はWEB上でも公開されているのだが、その内容には冷ややかな反応が目立っている。

藤原は本名への改名理由に関し、《『ブルゾンちえみ』というキャラクターは私のアイデンティティの1つ》としながらも、《でも、仮面を着けて自分を偽り続けるのはもう限界でした》と告白。さらに、《バラエティー番組では、端的で面白くてキレのいい発言が求められます》《しかも求められるのは、あくまでブルゾンちえみとしての発言です。自分自身の言葉でしっかり語りたくても、バラエティー番組のひな壇に並んでいる限り、それは求められない》など、〝素の自分〟でいたいという葛藤があったことをにじませた。

しかし、そもそもひな壇の彼女は〝素の自分〟を出していたからこそ、あの〝ありさま〟だったのではとの指摘も…。

 

「置物状態だったってのが正解では?」

「ご存じのように、バラエティー番組での藤原は全く笑いが取れず、ボケや気の利いたコメント、切り返しもできていない〝実力不足〟が目立った芸人。そのくせプライドだけは人一倍高く、アイドルさえ行っている寝起き・すっぴん・パンスト被りといった仕事すらNGでした。まぁこうした振る舞いも、『藤原史織』という一個人の信条に照らし合わせれば別に問題ないでしょう。しかしそれは、『ブルゾンちえみ』というキャラクターとして引き受けた仕事を〝藤原詩織〟として断っていたも同然。『偽りの自分を演じるのに疲れた』ように語っていますが、NGの多さしかり、そもそも自分を偽ることすらできていなかったように感じます」(芸能記者)

確かに、「ブルゾン」時代末期の藤原は、芸人として役割を放棄したかのような場面が目立つことから、出演番組放送のたびに批判を受けていた。そう考えると、彼女の言う「偽った自分」は一体どこにいたのかと、疑問が上がっても仕方ないだろう。

実際、ネット上にも、今回のインタビューに対しては、

《それが仕事だったんやろ? 仮面っていうのかな?》
《自分に偽っても大勢の人たちで番組を作成しているのだし、お金をもらっている限りは演じてでもしっかり仕事をこなさなければ批判されるでしょう》
《ひな壇でも本音で普通のことを話しているようにしか見えなかったので 逆に「自分自身の言葉」だったら何を言っていたのかメチャクチャ気になる》
《こーゆうのをお高くとまっている、っていうのかもね》
《偽ることもできずに置物状態だったってのが正解では…》
《あのありさまで、ブルゾンとして仕事できてたと思うんだ》
《キャラうんぬん以前に芸人としては絶望的なトークセンスが要因でしょ》

などと、冷めた反応ばかりが投げつけられていた。

海外放浪、ヴィーガン、「偽りの自分」告白…今やすっかり〝意識高い系〟の典型になってしまった藤原なのであった。

 

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