紅白出場経験者たちが語った「大ヒットの次の曲」の難しさ

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Satoshi KOHNO / PIXTA(ピクスタ)

先日、関西ローカルのバラエティー番組『マルコポロリSP』(関西テレビ)に、紅白歌合戦の出場経験者たちが出演し、大ヒット曲の次の大変さを語っていた。

三木道三として、2001年に『Lifetime Respect』を大ヒットさせたレゲエミュージシャンのDOZAN11は、14年ぶりにテレビ出演をし、大ヒット曲のあとの難しさを明かしていた。ヒットの翌年に、サッカーのワールドカップをきっかけにブラジルのサンバに魅力を感じたDOZAN11は、プロデューサーに「サンバで勝負したい」と相談したが、「正解がわからないから無理」と断られたそうだ。

1981年に『メモリーグラス』が大ヒットした堀江淳は、『メモリーグラス』の次の曲が暗いバラード曲『ルージュ』だった。突然のヒットで事務所が次の売り方が分からず、とにかく出さなきゃとアルバムからシングルカットしたのだという。その結果が、オリコン週間最高47位どまりだった。その次の曲の『ラストダンス』では、“ヒット曲の次は似た曲”を出すという定石を踏んだが、時すでに遅く、オリコンランク外に終わったという。「もし順番が違っていたら状況も違っていたかも」と堀江は振り返った。

ちなみに当時、堀江はレコード大賞新人賞を知らぬ間に辞退していたそうで、そのときの最優秀新人賞は近藤真彦そうだ。堀江は「事務所の方針だったんじゃないですかね」と苦笑していた。

元『Whiteberry』の前田有嬉によると、2000年『夏祭り』のヒット後、事務所の社長が「忘れられないうちに次を出せ」と『あくび』をアルバムからシングルカットしたそうだ。これはオリコン週間最高29位で、その次にwhiteberry初の作詞作曲の『桜並木道』をリリースしたら、オリコン週間最高16位。前田は「逆だったらよかったと思っている」と、堀江と同じ感想を話した。

 

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Satoshi KOHNO / PIXTA(ピクスタ)

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