映画評論家・秋本鉄次のシネマ道『さようなら』

一見、打ち解けた女性同士にも映るが、時折画面が歪み、漂う無常感はハンパではない。淡々たる日常的なやり取り、寄り添う2人(1人と1台?)。荒涼たる風景、時の流れ、やがて、カウチに横たわり、美微乳をさらし、アンドロイドのみに見守られ死して行く。

また時が流れ、ガイコツになるブライアリーまで見せてしまうのだから徹底している。死に行くターニャの傍らでゆっくりと著名詩人の詩の朗読してゆくアンドロイド。異様と言えば異様、不気味と言えば不気味だが、妙に心が落ち着くのはなぜ?

諦観、諦念の世界か。珍しく咲くという“竹の花”も小道具として実に効果的かつ、印象的だ。

映画評論家を自称する者にあるまじき動機だろうが、パツキンのヒロインが脱ぐっていうから見に行ったのだが、2時間弱の暗闇の中で銀幕と対峙して心が洗われ、荘厳な気持ちになった。

これって“ブライアリー・ロング”効果か。