「セーラー服」の発祥地は福岡か京都かで論争が勃発!

On and On / PIXTA(ピクスタ)

昔のアニメ『ハレンチ学園』(1970年10月~1971年4月)や、映画『セーラー服と機関銃』などで“大活躍”していたのがセーラー服だ。最近ではクイズ番組などで、タレントが着用していることもある。

そのセーラー服を日本で初めて制服として採用したのは、福岡か京都かで論争が起きている。

福岡市にある旧福岡女学校(現:福岡女学院)は、1885年に創立され、女優の牧瀬里穂や歌手の広瀬香美らの出身校としても知られる名門だ。1915年(大正4年)に同校に着任したエリザベス・リー校長が、「和装より動きやすいものを」と、ココ・シャネルのマリンルックを参考にした制服を、3年の歳月と8回の試作を経て、1921年に正式に制服として採用し、翌22年から全校生徒が着用し始めた。それから全国のミッション系スクールへと広がっていったとされている。

1980年代に入って《同校が日本で最初のセーラー服校》だと報じられたことで、これが“通説”となったが、2007年に制服メーカー『トンボ』(岡山市)がこの説を覆した。京都の平安女学院が、福岡女よりも早い1920年11月にセーラー服を採用したという調査結果を発表したのだ。これが、“セーラー服発祥の地はどこか?”という問題に火を付けた。

 

調査結果を出したトンボ学生服の見解は?

「福岡の町おこし団体が先手を打つ格好で今年1月、《ニッポンセーラー服発祥の地》と書かれた立て看板を市内の同校通路に設置し、元祖だと京都側に“宣戦布告”したのです」(サブカルチャー評論家)

しかし、トンボのホームページでは、《女生徒の制服を本格的に洋装化したのが平安女学院》、《現在に至るセーラー服デザインを最初に採用したのが福岡女学院》と、定義によってどちらも“初”になり得るとの見解を示している。

平安女学院は、トンボの調査まで日本初とは知らなかったとした上で、セパレーツのセーラー服を作った福岡女学院を尊敬しており、どちらが最初かを争う気は全くないというスタンスだ。

1970年代には進学校を中心に“制服廃止闘争”が頻発した。しかし、制服のデザインで進学先を決めるという時代もあった。還暦を超えた当時の若者たちは「何のための闘争に明け暮れたのだろうか…」と感じているかもしれない。

 

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