山下智久が亀梨和也と「不仲だった当時」を振り返る

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7月12日に放送されたバラエティー番組『TOKIOカケル』(フジテレビ系)にゲスト出演した山下智久が、亀梨和也と不仲だった時期があると告白し、話題になっている。

TOKIOカケルは、『TOKIO』の5人が毎回違ったゲストを迎えるトーク番組。今回は、デビュー20周年を迎える山下の『ジャニーズ年表整理』と題し、山下の歩んだ約30年間を振り返った。

山下は結成したグループ、ユニットの数が多いことで知られる。2002年に生田斗真、風間俊介、長谷川純を含めたの4名で、グループ『Four Tops』に加入した。その後、2003年には『NEWS』に加入。山下はもともと、NEWSは1カ月限定のグループだったと明かした。

2005年には、亀梨和也とユニット『修二と彰』でデビューし、連続ドラマ『野ブタ。をプロデュース』(日本テレビ系)の主題歌『青春アミーゴ』がミリオンセラーになった。「ジュニア時代の亀梨との関係性は」と国分太一に聞かれると、「亀梨とは同じ年で、総武線で一緒に帰っていた。高校生の時に距離ができ、けんかをした時期もあった」と暴露した。

 

山下が許せなかった亀梨の行為

けんかの原因に興味津々のTOKIOのメンバーたちは「なんで?」と口をそろえて尋ねた。その原因は、亀梨が抵抗なくウインクや投げキッスをしていたこと。男友達と接することが多かったという山下が、「当時ウインクとか投げキッスが嫌いだった。『あんなのできねぇ』と重い、考え方の違いで距離が離れた」と告白した。

しかし山下は、「亀梨の行為はプロ意識だったんだ。自分がどうあるべきなのかを考えていて、ちゃんとサービスをして、ファンを喜ばせることに徹していたんだと分かった」と当時の感情を分析。TOKIOの5人も当時の山下に対して「若いな」と共感していた。そして、修二と彰のユニットは、山下からの要望で結成に至ったそうだ。

番組を見ていた視聴者は《修二と彰は山Pからのラブコールだったとは》、《FOUR TOPSの話が懐かしい》、など、インターネット上に大きな反響を寄せた。

12年ぶりに『修二と彰』から『亀と山P』と名を改め、ユニットが再始動した。今後はけんかをすることもなさそうだ。

 

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