マンガや本で「性」を学んだ昭和の男子たち

先ごろ、『週刊少年ジャンプ』のカラー巻頭マンガの性的描写が過激だということで、ある女性弁護士がツイッターで《息子には少年ジャンプは読ませない。息子をもつ保護者の皆さん。少年ジャンプ編集部に抗議を。どうかと思うよ》と投稿したところ、賛同や批判が相次ぎ、ネット上でちょっとした騒動となりました。

わたしのような、1968年に創刊された『ジャンプ』の看板連載だった『ハレンチ学園』に喝采を送った世代のひとりからすると、「またか。歴史は繰り返されるのだなぁ」という感じです。

自身の女性器をかたどったり、その3Dデータをネットで配布するなどして、裁判で罪を問われたことで話題となったアーティストのろくでなし子さんは、子供にエロ漫画を読ませないのは“親のエゴ”だと指摘し、規制よりも性教育が重要だ、という内容のツイートをしました。同感です。

1968年10月9日発売の『少年ジャンプ/創刊第6号』に発表されたマンガ『ハレンチ学園』は、『マジンガーZ』や『デビルマン』などで世界的な人気を誇る漫画家・永井豪氏の最初の大ヒット作。初期の内容は、アナーキーな生徒たちと、なぜか半裸姿のパンキッシュな教師たちが、当時の学生運動よろしく対立するといったナンセンス性を追求したギャグマンガでした。

1969年4月ごろから丸善ガソリンのテレビCM『Oh! モーレツ』での女性のスカートがまくれ上がる表現が全国のお茶の間に流れ、センセーショナルな話題に。名古屋の小学校で“スカートめくり遊び”が流行中という報道(名古屋テレビの番組『やあ!やあ!ガキ大将』内で教育評論家の阿部進氏が報告)がされる騒動になります。

永井氏はその現象にインスピレーションを受け、さっそく7月10日発売の『少年ジャンプ/創刊1周年記念号』の巻頭で『ハレンチ学園/モーレツごっこの巻』を発表しました。

それが火に油を注いだのか、児童たちのスカートめくり遊びは全国に飛び火。その原因の一端を担った永井氏は幾度もテレビ番組に呼ばれ、PTAや教師たちに糾弾されたのです。

そんな『ハレンチ学園』と永井氏、そしてチビッコたちを身を挺して擁護したのも、阿部氏でした。そのユーモラスな容貌と親しみやすさからいつしか“カバゴン”先生とあだ名された阿部氏は、テレビや雑誌に引っ張りだことなります。そして、怪獣のごときパワーで日本人の性意識に変革をもたらしたのでした。

ついに少年漫画雑誌で性教育を語る時代が到来 『週刊少年キング』(1970年5月24日号)

カバゴンがけん引した性教育論争により、1972年には性教育研究家の北沢杏子氏が幼児向け性教育絵本『なぜなの? ママ』を刊行し、“われめちゃん”という呼称を使って話題を呼ぶなどしました。

そして、何と言っても1970年代中ごろにブームとなった“豆本”と呼ばれた、小型の実用百科の影響は見逃せません。あらゆるジャンルを網羅した豆本は、子供たちの性の部分にもスポットを当てたのです。

それらの本に掲載された女体の透視図や性器の図版によって、初めて女性の局部をイメージできたという人も多いのではないでしょうか。子供たちは面白半分でこれらの本を立ち読みし、性の悩みから開放されたはずです。

この『新チビっ子猛語録』(二見書房=1975年)は、スウェーデン、アメリカ、フランスなど世界の性教育の教科書18冊をもとにして編集された画期的な性教育本。いわば、当時の世界標準的性教育の内容が一覧できたのです。内容はいたって真面目なものでした。

『ヤングダイヤル相談室』(永岡書店=1978年)は「オナニーをし過ぎると頭が悪くなる?」、「ペッティングでも妊娠しますか?」など、子供のころ、誰もが悩む問題に真摯に答えてくれています。表紙の黒電話、濡れ光る青林檎が何ともいい感じです。

『大人も知らないY談の本』(二見書房=1980年)は猥談のネタ集。前書きに《これを読めば仲間から、せんだみつおやタモリ、山城新伍を見るような、アコガレのマナザシで注目される》とあります。時代を感じさせますね~。

インターネットで調べれば、いきなりそのものズバリの画像や動画を見れてしまういまどきの子供たち…。若者の本離れにより、性教育本が読まれなくなってしまったのは残念なことです。

(写真・文/おおこしたかのぶ)

 

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