『金ロー』実写版アラジンの“オチ”に批判殺到! アニメ版との違いとは…

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5月21日、『金曜ロードショー』(日本テレビ系)にて、ディズニーの名作アニメ『アラジン』の実写映画が放送された。物語のオチが物議を醸している。

1993年に公開されたディズニーアニメ「アラジン」。魔法のランプを巡る冒険物語を、コミカルで感動的なミュージカルに仕立てた名作が2019年に実写化され、今回テレビ初放送となった。アニメーション版さながらに動き回るジーニーを、ウィル・スミスが完全再現。吹替え版では、中村倫也と山寺宏一、木下晴香が熱演を見せている。

視聴者の間で物議を醸したのが、映画のオチだ。主人公のアラジンは、3つ目の願いを自分のためではなく、ランプの魔人・ジーニーに〝自由を与える〟ために使う。その結果、ジーニーは人間の姿となり、ジャスミンの侍女・ダリアと結ばれ、世界を巡る旅に出かけたのだった。

「人間になる」というのは幸せなのか?

アニメ版と実写版ではこの〝オチ〟が違っており、アニメ版ではジーニーが自由になるものの、人間にはなっていない。これに対してネット上では

《実写はアニメにすごく忠実だったけど、実写オリジナルで良かったとこはダンスのシーンとジャファーがアラジンからランプをくすねるシーンとジーニーが人間になるとこかな》
《実写版はジーニーが人間になり家族や友達であるアラジンと一緒に歳を取れるんだな》

など好意的な声がある一方で、

《ジーニーの自由は人間になることなんかじゃないだろ》
《昔からジーニーの大ファンで大好きだけど、ジーニーは魔神のままで充分楽しそうで幸せなのに人間にする必要ある? 実写のアラジンはこれが嫌だった》
《実写アラジン勿論大好きなんですけど、人間の欲望を散々見て利用され続けていたジーニーが人間になりたがる理由が分からなかった》
《実写版アラジン好きなんだけどマイ・ビッグ・ラブ・ジーニーを人間にするだけでは飽き足らず、あまつさえ性愛者にしやがったのだけが許せねえ…》
《急によくある人間になりたい人外みたいな設定つけるなよ。ジーニーは長い間人間の嫌なとこ見尽くして来て、やっとアラジンという友達と呼べる人間に会えたって話なのに》

など批判的な声が多くあがっている。

多様性が叫ばれる世の中で、〝人間=幸せ〟〝恋人=幸せ〟という結末は古かったかもしれない。

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