殺害された金正男はいま「あの世」で何を思う ~その1~

(C)Phuong D. Nguyen / Shutterstock

画像:金正男氏殺害事件が起こったとされるクアラルンプール空港(C)Shutterstock

北朝鮮の金正恩党委員長の異母兄である金正男が2月にマレーシアで殺害された事件で、息子の漢率はマレーシア当局に対し「父の遺体を北朝鮮に渡さないでほしい」と要望していた。

しかし、その願いもむなしく、3月30日に正男の棺と暗殺実行に関わった北朝鮮大使館の2等書記官や高麗航空職員は、堂々と北京経由で北朝鮮行の旅客機に乗り込んだ。VXガスによる殺害だったのかを含め、すべては闇に葬られたため、いまだに謎はまだ残っている。

「マレーシア当局の発表によると、殺害時の正男氏が所持していた黒いバックには、100ドル札で計12万ドル(約1300万円)が入っていたということです。ほぼ新札で300枚ごとに分けられ4束ありました。正男氏は外交旅券を所持しており、出入国時に厳しい手荷物検査を受けずに済んでいたようですが、この現金は一体どういう趣旨の金銭なのか、真相は藪のなかです。マレーシア警察も知らない可能性があります」(北朝鮮ウオッチャー)

事前にふたりのアメリカ人男性とホテルで会っていたという情報があるが、12万ドルでは亡命政権の樹立にしては少な過ぎる。正恩党委員長をはじめとする金ファミリーに関する重要情報の漏洩か、正男は単なる女好きな遊び人ではないことからすると、核ミサイルに関する重要事項の説明か、興味は尽きない。

正男は故・金正日総書記と、映画俳優だった成恵琳(ソン・ヘリム)のあいだに生まれた長男だ。1971年生まれの正男は、100万ドル(約1億1000万円)の誕生日パーティーを開いてもらうほど、幼いころから金総書記の愛情を一身に受けて育った。

「当時、正男氏はモスクワへ留学していますが、現地の学校でトイレの不潔さに耐えられず、直ちにジュネーブの国際学校に転校し、同校を卒業しています。金総書記の長男という特権で、10代のころから北朝鮮コンピューター委員会で活動し、委員長として最初の公式活動を開始したときは25歳でした。1995年、金総書記から人民軍大将の階級が与えられ、1980年代末に国家保衛部の海外部署や護衛司令部幹部を担当し、1990年代半ばには労働党中央委員会宣伝扇動部指導員に任命されるなど、後継者への道を順調に歩んでいたのです」(同・ウオッチャー)

一方で高英姫(コ・ヨンヒ)が1980年代に正哲、正恩という金総書記のふたりの男子を産んだことから、後継候補の有力なライバルとして立ちはだかるようになる。すべては“国母”がいるかいないかが、正男と正恩の明暗を分けたのだ。

その2へ続く)

 

【画像】

(C)Phuong D. Nguyen / Shutterstock