【吉見健明のダッグアウト取材メモ】死去 元阪神・安達智次郎投手「ドラ1」の苦悩

7年間の現役生活で一軍登板は1度もなかった。

コーチが情熱的であればあるほど、将来有望な新人投手へは“育てないといけない”の焦りから、フォームを改造する。ましてや安達さんはドラフト1位だったからなおさらだ。

古い話だ。私が大阪スポニチで南海ホークス担当だったころ、甲子園で大活躍し鳴り物入りで入団(71年)した島本講平(簑島)が、バッティングフォームの改造で打撃コーチと衝突した。

ある出版社の取材で5年前、41年ぶりに大阪で会った島本氏はこう述懐した。

「あの当時は(コーチから)指導されたフォームに直したふりをしていました。自分の形は意地で貫きましたよ。しかし、それがバレてコーチに反抗したとして近鉄(バファローズ)に出されちゃいました」

ちなみに、島本氏の娘はテレビ朝日の島本真衣アナだ。

一昨年2月の沖縄キャンプ。日本ハムでダルビッシュ有、楽天では田中将大を教え、昨年からソフトバンク投手コーチを務める佐藤義則氏から聞いた話が、脳裏に残っている。

その年の楽天のドラフト1位は高卒ルーキーの松井裕樹投手だった。残念ながら楽天キャンプを訪れた当日、松井はノーピッチングの日で投球練習は見られなかったが、星野監督は松井の育成法を佐藤投手コーチにすべて任せていたものだ。