京都大学が発表した「平和目的軍事研究」への疑問

culturepot / PIXTA(ピクスタ)

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1970年代後半、各大学が“創立◯◯周年記念事業”のため企業募金を行うと、左翼学生たちが学内で関係教授たちを追い回し、つるし上げることが日常茶飯事だった。“産学連携”や“産学官連携”が当たり前になった現在では信じられないことだ。

ただ、イデオロギーに基づく産学協同批判はなくなったが、実際に産学協同がうまく機能しているかというと、そうとは言えない。

京都大学は3月28日、『軍事研究に関する基本方針』を発表し、「本学における研究活動は、社会の安寧と人類の幸福、平和へ貢献することを目的とするものであり、それらを脅かすことにつながる軍事研究は、これを行わない」と表明している。

京都大学の軍事研究に関する基本方針は昨春、軍事研究の否定を再確認した『日本学術会議』の声明の延長線上にある。自然・人文・社会科学の全分野にわたる日本の科学者の機関である日本学術会議は、2017年3月24日付で『軍事的安全保障研究に関する声明』を発表し、「戦争を目的とする科学の研究は絶対にこれを行わない」との文言を含む同会議の1967年の声明を「継承する」としていた。

 

実情に即した軍学協同を模索すべき

この声明は「軍事的安全保障研究(軍事的な手段による国家の安全保障にかかわる研究)が、学問の自由及び学術の健全な発展と緊張関係にある」と確認し、防衛装備庁が2015年度に発足させた安全保障技術研究推進制度は、「政府による研究への介入が著しく、問題が多い」と断定している。婉曲な言い回しながら「防衛省関係から資金補助を受けて研究するな」と言っているのだ。

さて、そもそも軍事的な手段によらない国家安保研究に、どれだけ効用があるのか。また端から防衛省関連の研究費補助を問題と決め付けるのは、かつての産学協同批判と同じく、学問の自由と学術の健全な発展をより阻害することにならないだろうか。

かつて、スピードガンやデジタルカメラは軍事技術から生まれた。インターネット、2足歩行ロボットも然り。“戦争は発明の母”という過激な思想は別にして、安全保障と学問の発展を両立させるため、本来であれば、もっと実情に即した軍学協同を模索すべきなのだろう。

 

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