富山県の無名高校から「東大理科三類」合格者が2名も出た理由

コーチャン / PIXTA(ピクスタ)

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大手学習塾関係者によると、今年の東京大学理科三類(医学部)に全国的には無名の高校から合格者が出ているという。

「日本最難関と言われる東京大学理科三類の合格者を輩出している高校には、筑駒や灘、開成、桜蔭、聖光学院などおなじみの“超名門中高一貫校”が名を連ねているのですが、今年は富山県にある私立片山学園高等部が2名の合格者を出したのです。開成に並ぶ最難関の麻布でも3名、さらに東大合格者数上位のラ・サールや渋谷教育学園幕張、栄光学園、東海、洛南などのランキング常連校でも2名。これらと同じ数ですから、これはすごいことです」(同・関係者)

片山学園は、北陸地区の最大手塾『富山育英センター』が2005年に中学を開校したことに始まる富山県唯一の中高一貫校で、医師家庭の子弟が数多く入学しているという。

「実は北陸3県(富山、福井、石川)は富裕県であると同時に教育県でもあります。富山県立“御三家”(富山中部、高岡、富山各高校)も東大を目指す子弟が多く、国公立大学医学部への進学実績も高い。石川県や富山県が東大を目指すのには、伝統というか、歴史的な背景が見逃せないのです」(歴史・文化アナリスト)

 

東大と縁が深い石川県と富山県

百万石を擁した加賀藩とその分家に当たる富山藩という歴史がある石川と富山の両県は、東大と縁が深い。東大の赤門は、江戸幕府11代将軍の徳川家斉の娘、溶姫を加賀藩主の正室に迎えるときに建てられたものだ。そして、東大本郷キャンパスの大部分は、加賀藩の上屋敷跡地なのである。

東大医学部の一部の敷地と医学部付属病院の辺りには、大聖寺藩(加賀藩の支藩)の屋敷があった。さらに、駒場キャンパスの隣には重要文化財に指定されている『旧前田家本邸(洋館)』がある。

「加賀、富山両藩は『四民教導』という身分にかかわらず皆が学習すべきという考え方を実践し、庶民にも教育への門戸が開かれていました。加賀藩藩校の明倫堂は後の旧制四高(金沢大学の前身)の母体となっていますし、この風土は支藩である富山藩にもあり、藩校である広徳館ができる前に私塾である『混放洞』ができていました。『混放』とは漢語で『種類が異なるものが雑居する』という意味ですが、薬売りがビジネス化していた富山藩では、算術に重きが置かれ、通常の教本に加えて薬に関する書物も教育に使われていたほど先進的教育藩だったのです」(同)

富山県人のDNAを調べてみたいものだ。

 

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