【吉見健明のダッグアウト取材】真っ二つに割れる楽天・オコエの開幕一軍

星野副会長の理論は中日監督時代にも実証済み。1988年にドラフト1位入団した立浪和義に対し「お前はどんなことがあっても試合で使い続ける」と本人と約束し、実行した。それが功を奏して立浪は新人王を獲得し、一流打者に成長した。

一方、梨田昌孝監督は冷静に判断するタイプだ。日本ハム監督時代は、“1年目から一軍で試合に出す”はずだったドラフト1位の中田翔を“素行が悪い”として二軍送り。奮起に期待した。

「チーム事情でフロントが言ってくることを、梨田監督は安易に取り入れたりしない。まだプロの体になっていない高卒ルーキーのオコエをいきなり一軍で使うことは、その後潰れるリスクが高まりますから」(球界関係者)

話は1965年に遡る。広島東洋カープに高卒で入団した衣笠祥雄は、すぐに外国車を乗り回した。素行の悪さでいえば、中田翔よりもはるかに酷かった。しかし、強靭な肉体、粘り強さ、図々しさで、しごきにもギブアップしなかった。

当初、某スカウトは衣笠に対し「とんでもない選手をとってしまった」と頭を抱えていたが、「遊びもしたが、どんな罰則練習も乗り越えた」と一転、認めざるを得ない活躍をしたのは周知の通りだ。