10代娘の幸せを奪い尽くす美しき怪物「母という名の女」

映画『母という名の女』

映画評論家・秋本鉄次のシネマ道『母という名の女』

配給/彩プロ 渋谷ユーロスペースほかで6月16日より公開
監督/ミシェル・フランコ
出演/エマ・スアレス、アナ・バレリア・ベセリルほか

これは、女性は“母性”というものを自動的に保持している、という幻想(特に男の)を打ち砕くような映画であり、ゾッとしながらも、妙に納得したりして。

メキシコのリゾート地、バジャルタの別荘に姉と住んでいるバレリア(アナ・バレリア・ベルセル)。まだ17歳の彼女だが、同い年の少年との間の子供を身ごもって、お腹はかなりせり出している。それでも朝っぱらから2階でエッチ三昧。アヘアヘ、ア~ンの声が台所仕事をしている階下の姉の耳にも入るが、お構いなし。それどころか腹ボテのままのオールヌードで降りてくる。腹は特殊メイクだが、ハダカはホンモノ。スレンダーな少女ヌードと妊婦姿のアンバランスが、興味ある人には眩しいはず。熟女好みのボクはさほどソソられなかったが、まだ新人のこの女優さんの度胸には一目置くにやぶさかではない。

かつて10代でヌードとなったラテン系美女で後に国際女優にのし上がるペネロペ・クルスの例もあり、このベルセル嬢も「後世、恐るべし」かもしれない。

 

平気な顔をして恐ろしいことをする「毒親」

さて、注目は、この姉妹のもとに戻ってくる、長い間疎遠だった美しい母アブリルだ。最初は献身的に娘の面倒を見るが、出産を機に、なぜか、その赤ん坊をさらい置き去りにし、娘の若い夫も色仕掛けで籠絡してゆくのだから、あっけにとられる。演じるラテン系パツキン女優のエマ・スアレスは、すでに五十路半ばだが、熟女の魅力と色香がむれむれ。スペインの巨匠ペトロ・アルモドバル監督の『ジュリエッタ』(2016年)では失踪した娘を探す“母性”を演じていたが、ここでは真逆。母である前に欲望最優先の“オンナ”を全開させるのだ。対照的な役柄を演じ分けてこそ女優冥利というもの。

このヒロインは別に鬼の形相をするわけではなく、優しそうな顔してやるこたぁスゴいのが、逆にオソロしい。娘のまだ若い夫を平気で誘惑して虜にし、飽きたらポイで消えてしまう…およそ常人には理解しがたい行動に出るのだ。最近、新聞紙上を賑わしている“鬼母”“毒親”の範疇を、ある意味超えている。

この美しき“熟女モンスター”に赤ん坊を奪われる幼な妻を演じたバレリア嬢もラテン・パツキンだが、今回はさすがに貫禄負け。が、蟷螂の斧のように対抗し、“母性”が芽生えてくるあたり希望を抱かせる。

「母性などない、あるのは欲望だけ―」と言い切るこの映画のキャッチ・コピーは、結構怖いものがある。

 

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