川も池もお風呂も「冒険の海」に変えてくれた『水中モーター』の秘密

1967年3月に登場した東京科学(現・マブチモーター)の『水中モーター マブチS-1』は、水モノ玩具の“革命児”でした

「水モノ玩具」とはお風呂や水辺で遊ぶオモチャの総称で、それまでの商品は模型の内外に推進力となるゴムひもやモーター、ゼンマイなどを仕込まなければなりませんでした。

ところが、ポリエチレン製の魚雷風ボディーに、小型モーターと単三電池1本をコンパクトに収めた水中モーターは、船の模型だろうと、怪獣の人形だろうと、石けん箱だろうと、付属の吸盤を用いてそれらに固定するだけで、水上をスイスイ泳ぐ水モノ玩具に早変わりさせてしまう、当時の子供にとっては夢のようなアイテムだったのです。

発売された67年とその翌年の販売累計は、何と約1千万個。当時の全小学生人口はおよそ970万人でしたから、数の上では小1から小6までの男女合わせた全小学生児童が、各自1個ずつ所持しても余るほどの普及率を誇りました。

なぜこんなことが可能だったのか。実は、この水中モーターの爆発的な普及には“ある仕掛け”がありました。

水中モーターの東京科学、おもちゃのバンダイ、乳飲料の森永乳業、乾電池の日立、学年誌という広告媒体を持つ小学館、それらを電通が取りまとめ、「森永乳業創業50周年記念事業」の一環として、2億5千万円の広告費を投じて『ポンポンマミー大懸賞キャンペーン』を行ったのです。

『森永マミー』といえば当時、銭湯での湯上がりに子供たちが好んで飲んだ乳酸菌飲料です。これを飲んで出た当たりキャップを森永牛乳販売所に持って行くと、その場で『マミーボート』がもらえました。水中モーターと乳酸菌飲料という、一見全く関係のない者同士が手を組んでいたとは驚きですね。

キャンペーンが功を奏し、見事全国的な大ブームを巻き起こして前記のような数字を記録。67年4月以降の全国の銭湯では、ちびっこたちが水中モーターレースに興じ、揚げ句には大人たちに叱られるといった風景があちこちで見られることとなったのです。

これらの画像はバンダイから発売された水中モーターを使ったおもちゃのほんの一部です。

一世を風靡し、夏の風物詩ともなった水中モーターでしたが、全国的に遊べる池や川が次々と減り、個人宅にお風呂が普及するにつれて活躍する場が減少。生産数は年を追うごとに下がっていき、残念なことに97年に生産中止となっています。

私は今でも入浴後は子供のときのように乳酸菌飲料を腰に手を当ててゴクゴク飲んでいますが、銭湯で水中モーターで遊んだことを思い出し、乳酸菌飲料のような甘酸っぱい気持ちになります。

(写真・文/おおこしたかのぶ)

 

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