恐怖の残虐雪山ミステリ「ディアトロフ峠事件」の背後にある闇

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1952年2月2日に旧ソ連のウラル山脈北部で起きた『ディアトロフ峠事件』は、いまだその真相が明らかにされていない“怪奇事件”として、60年たった今でも、登山者の間で語り継がれている。

現在のウラル工科大学の在学生、および卒業生の男女9人がスノートレッキング中に不可解な死を遂げた。パーティーはマイナス30℃という極寒の中、テントを内側から引き裂いて裸足で外に飛び出した形跡があり、また犠牲者の遺体の一部には眼球と舌を失った者、首の骨が折れ、頭部がつぶれていた者もいた。当時のソ連政府は事件後3年間にわたって事件の発生した地域への立ち入りを禁じている。

この事件は生還者がいないため、完全に迷宮入りしている。どのような経緯でこのような悲惨な事態に至ったかは、残されたメモや現場から推察するしかないが、研究者や複数のジャーナリストからは次のような数々の不可解な点が報告されている。

  • 一部の犠牲者の衣服から高い放射線量が検出された
  • 犠牲者の肌の色が濃い茶褐色に変色していた
  • 事件の前夜、現場の上空に奇妙なオレンジ色の光を目撃した別の一行がいる
  • 以前からその山周辺を軍が利用しているというウワサが流れていた
  • テント内に残されていたカメラを現像したところ、最後の1枚に謎の“光体”のようなものが写っていた

いろいろと恐ろしいロシアの闇

ウラル山脈付近は、1940年代からソ連の放射能研究の極秘拠点になっていて、事件当時、現場から80キロ離れた街の核施設では、放射能物質の垂れ流しもあった。外傷が全くないにもかかわらず、内臓がボロボロの遺体も発見されているため、その関係性を信じて疑わない人も多い。

その後、事件に関しては、原住民に襲われた説、未確認飛行物体が現れ人体実験を起こした説、ソ連の軍事兵器の実験に巻き込まれた説など諸説が語られたが、実際のところ何が起こったかは誰にも分からない。

遺品の中には「見たこともない大男がいた」と記されたメモが残されているが、この大男がイエティなのか原住民なのかは分かっていない。一部の研究者からは「宇宙人の可能性も否定できない」と唱える者もいる。

この事件について、ロシア政府は今現在でも真実を公表していない。

 

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