世代交代の声を一掃させたリオ五輪での福原愛の「存在感」

「会場には中国からの観戦者が多く、敗れた福原に声援を送っていました」(現地の取材陣の一人)

福原は中国リーグにも参加したことがあるため、中国でも認知度が高く人気もある。しかし、この日の声援はこれまで以上に大きいものだった。

「私はキャプテンだから。(伊藤)美誠(15)は私よりもっとつらい。もし私が泣いたら、彼女がもっとつらくなってしまう。だから、私は唇を噛んででも、泣くわけには……」

敗れた準決勝後の福原の言葉だ。その涙を浮かべた表情に、大声援の理由があったらしい。

「五輪中の8月13日は、福原が卓球を始めた25年目にあたるそうです」(同)

15日が準決勝で、その前日となる14日に、中国のポータルサイトが幼少期の福原の画像を掲載した。幼少期は“泣き虫”と言われ、母親に諭されながら卓球をやっていた姿が思い出される。同サイトが掲載した画像は、まさにその当時のものだった。20万人以上のフォロワーが反応し、中国メディアも反響の多さを報じていたという。

「負けると涙を流し、練習では泣きながらボールを打ち、試合が終わってからも泣き続ける。天才卓球少女と呼ばれていたころの画像が、中国で好感を呼びました」(同)

泣き虫だった福原が、後輩のために涙をこらえたという図式に、大声援が沸き上がったのだ。