豊田泰光氏が予期していた不祥事続出のプロ野球界

私が豊田泰光さんに最後にインタビューしたのは2010年10月のこと。月刊誌『セオリー』(講談社)での『幸福な死に方』という特集だった。印象に残っているのは次の台詞。

「俺は人の葬儀には一切行かなかった。稲尾とも生きているうちに『俺はお前の葬儀にいかない。だから、今! ここでさようならを言っておくよ』と、お見舞いのときに笑顔で別れを告げたんだ。死んでから会っても泣くしかないんだから」

実は、豊田さんは涙もろいのである。泣き虫だが、人前で涙を流すのが大嫌いだった。

西鉄ライオンズの黄金時代、豊田さんは満塁の大ピンチにマウンドの稲尾に近寄り、「俺のところにゴロを打たすな!」と言ったことがある。守備が下手と言われていた豊田さんは、ゴロが来てエラーして負けて泣くのが嫌だったのだ。

同時に「お前なら三振にとれるんだから強気で行け」という、稲尾への激励でもあったのだ。本音を出しながら、思いやりもある、豊田流の優しい言葉だったのである。

そんな豊田泰光さんだから、告別式では生前の豊田さんの優しさに触れた大勢の参列者に見送られた。

私が取材したときも、実は大腸がんの大手術をして生還したばかりだった。それなのに「幸せな死に方」というテーマの取材に応じてくれたのだ。