慰安婦問題

従軍慰安婦問題をでっち上げた人間たち ~その4~

(その3からの続き) 金学順(キム・ハクスン)ハルモニは、東京訴訟の原告側弁護団から“三流タレント”扱いされていたが、実に気さくな人物だった。 金ハルモニは、慰安婦にされたことに我慢がならなくて世間に訴え出たのではない。日本のテレビ局が彼女にインタビューした際、通訳が「おばあちゃん、なぜ(慰安婦として)名乗り出たの?」…

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従軍慰安婦問題をでっち上げた人間たち ~その3~

(その2からの続き) 従軍慰安婦強制連行問題で、忘れてならないのは日本の“人権派弁護士”の存在だ。日本政府を相手取った慰安婦による賠償訴訟請求で弁護団の一員だったのが、のちに国政に転じ、社民党代表となる。当時参議院議員だったM・H弁護士だ。1991年1月には、代表発起人として『従軍慰安婦問題を考える会』を発足させ、関係…

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従軍慰安婦問題をでっち上げた人間たち ~その2~

(その1からの続き) 『アジア女性基金(女性のためのアジア平和国民基金)』(2007年3月末解散)は、韓国だけでなく、アジア各国に存在する元慰安婦への支援と救済のため、官民共同で結成された。韓国以外の慰安婦問題は解決されたが、韓国のみがアジア女性基金の解決案を拒否した。理由は『挺身隊問題対策協議会』(挺対協)や遺族会な…

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従軍慰安婦問題をでっち上げた人間たち ~その1~

第二次世界大戦中の従軍慰安婦制度において、日本のみを糾弾するのが韓国の『挺身隊問題対策協議会』(挺対協)だ。この団体の尹貞玉(ユン・ジョンオク)元共同代表や尹美香(ユン・ミヒャン)常任代表は、ウィーン条約違反であるにもかかわらず、慰安婦像をソウルの日本大使館前に設置し、そこで“水曜デモ”を開催している。 尹美香の著書で…

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韓国・文在寅大統領に教えたい「従軍慰安婦の真実」~その4~

(その3からの続き) 1991~1992年、日本が韓国に対して朝日新聞の報じた“従軍慰安婦の強制連行説”に基づき謝罪をしているさなか、ソウル大学の韓国史学者として名高い安乗直(アン・ビョンジョク)名誉教授(当時)をキャップとする『挺身隊研究会』(通称:安研究会)が立ち上げられ、元慰安婦40人を聞き取り調査している。その…

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韓国・文在寅大統領に教えたい「従軍慰安婦の真実」~その3~

(その2からの続き) 従軍慰安婦に対する賠償を日本政府に求めた初の裁判は、2004年に最高裁で原告の敗訴が確定している。その原告のなかに金学順(キム・ハクスン)さん、文玉珠(ムン・オクチュ)さんがいた。韓国の人々は、金、文両ハルモニの“慰安婦稼業”後を知れば、目を剥くに違いない。 文ハルモニの訴訟では、3年間の慰安婦時…

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韓国・文在寅大統領に教えたい「従軍慰安婦の真実」~その2~

(その1からの続き) 従軍慰安婦に関する朝日新聞の“詐術的表現”はまだある。以下は1991年12月6日付の記事だ。 《金学順(キム・ハクスン)さんは1939年ごろ平壌で、地区の世話役に『お金になる仕事がある』と誘われ、平壌駅から日本の軍人たちと一緒に軍用列車に乗せられた~(中略)~物売りの朝鮮人業者に「自分も朝鮮人だ。…

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韓国・文在寅大統領に教えたい「従軍慰安婦の真実」~その1~

1990年、大分県在住の青柳敦子という主婦が韓国に行き、強制連行された人々や慰安婦たちに対して「日本を相手に裁判をしませんか。費用は全部わたしが持ちます」というビラをまいた。結局、青柳氏は“原告”探しに失敗するが、日本に帰国後、徴用された人たちの遺族が「やりたい」と申し出てきた。その訴訟過程で登場したのが元慰安婦の金学…

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朝日新聞の慰安婦問題報道は「日韓分断」が目的だった

“慰安婦狩りの証言者”として登場した吉田清治。生まれも、その正体も分からないままに亡くなった彼の“嘘の経歴”を示してみる。 吉田清治の本名とされる『吉田雄兎』の名が、門司市立商業学校(現・福岡県立門司大翔館高等学校)の卒業生名簿にあり、そこには《死亡》と記されている。朝日新聞は法大卒と報じ、1990年の『著作権台帳』に…

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朝日新聞が待望していた「慰安婦狩りの生き証人」登場の瞬間

太平洋戦争のさなか、軍令で朝鮮人女性を強制連行し、日本軍の慰安婦にしたと“告白”した吉田清治。彼が朝日新聞に初めて取り上げられたのは、1980年3月7日付朝日新聞横浜版などに掲載された連載『韓国・朝鮮人』である。ここには、横浜市内在住の著述家として登場している。自ら朝日新聞川崎支局に電話をかけネタを売り込んだが、このと…

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