『パラサイト』に『万引き家族』…「アンチ上級国民」が世界の合言葉になりつつある?

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「一億総中流」といった言葉が存在したのは遥か昔。今や貧困層と富裕層の間には深い溝が走っており、誰もが日本を「格差社会」と認識しているのではないだろうか。そんな中、映画界では貧富の差をテーマとした作品が次々と生み出されている。

その最たる例と言えるのが、ポン・ジュノ監督による韓国映画『パラサイト 半地下の家族』だ。同作は国際的に高い評価を得ており、2019年には「カンヌ国際映画祭」の最高賞(パルムドール)を獲得している他、外国語映画として初となる「アカデミー賞」作品賞にも選ばれた。

物語の中心となるのは、貧困層の象徴である“半地下”に住むキム一家。半地下の家は日当たりが悪く、Wi-Fiの電波すらまともに入ってこない。そこを脱出しようにも、彼らは誰一人として安定した職に就いていない…という有り様だ。

しかしある日、キム一家の運命を変える出来事が転がりこんでくる。息子・ギウが、家庭教師としてIT企業社長の家で働くことになるのだ。それをきっかけとして、キム一家は豪邸を徐々に乗っ取っていく──。

作品を通して描かれるのは、貧しく狡猾なキム一家と、裕福でピュアなパク一家の対比。パク社長がキム家の父親を「煮洗いした布巾」のような匂いと評するシーンもあり、両家の間にはたんなる経済格差ではなく、決して乗り越えられない身分の差が存在する。その意識は持たざる者の“刻印”として、キム家の人々の内面にも植え付けられているようだ。

同じように「貧困層」という生き方を扱った作品としては、是枝裕和監督による『万引き家族』が挙げられる。同作は万引きによって生計を立てる一家をめぐるストーリーだ。こちらも2018年にカンヌのパルムドールを受賞しており、国際的な評価は高い。

2019年のアメリカ映画『ジョーカー』も、社会で成功を収められなかった人物を主人公とする物語。また社会からの疎外を描いているという点では、新海誠によるアニメ映画『天気の子』もこれらの作品と近いテーマ性を感じられる。

「上級国民」との階級闘争

ここ数年、映画だけでなく現実においても「格差社会」の問題が浮き彫りとなっている。2019年4月には、多くの死傷者を生んだ『池袋暴走事故』が勃発。過失運転致死傷罪に問われている飯塚幸三被告が元・高級官僚であり、警察に逮捕されなかったことから、「上級国民」という言葉が誕生することに。世間では何かのブレーキが壊れたかのように、激しいバッシングが巻き起こっていた。

その光景には、「パラサイト 半地下の家族」に共通するような“パッション”を感じられる。キム一家は犯罪に手を染める際に、ほとんど良心の呵責を抱かない。まるで正当な権利であるかのように、淡々と上流階級を陥れていく。「上級国民」を叩く現代人の姿にも、「彼らには何をしてもいい」という自負がのぞき見えるようだ。

実際、「パラサイト 半地下の家族」の感想を見てみると、そこには「アンチ上級国民」とでも言うべき世界観が広がっている。《パラサイトを観た当初はお金を持ってる人たちへの嫉妬が強かったせいか、話の展開にすっきりした》《金持ちパパの結末は正直普通に気味がいいと思ってしまった》《上流階級に生きる人たちは下等生物をこんな風に思っているんだろうかと苛立ちを感じるが、終盤の「アレ」はスカッとした》など、貧困層による“復讐”を支持する声は意外なほど多い。

もちろん、特定の階層に対して憎しみをぶつけるのは倫理的ではない。そもそも貧富の差は流動的であり、自分が富裕層となることもありえるだろう。しかし多くの人は、人生において貧困から抜け出すビジョンを一切持っていない。だからこそ、他人事のように富裕層を叩き続けてしまう…。

さまざまな国において、人々を捉え始めている「アンチ上級国民」の心情。今回タイトルを挙げた作品群は、そんな社会の現状を客観視するために役立ってくれるはずだ。

文=大上賢一

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