日本のSF作家はロリコンだらけ? 長年スルーされてきたSF業界の「闇」とは…

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「SF」(サイエンスフィクション)といえば、小説や映画でお馴染みの人気ジャンル。科学や未来をモチーフとして繰り広げられる物語は、いつだって胸がワクワクするような体験を与えてくれる。しかしつい先日、そんなSF業界を根底から揺るがすような告発が行われてしまったようだ。

話題を呼んでいるのは、SF・ファンタジー系の作品を手掛けてきた作家・伊東麻紀によるツイート。伊東は日本の男性SF作家が「未成年の女性」ばかり登場させることについて、違和感を表明。「すごく精神年齢が幼く見えてそれだけで読む気が失せる」と、歯に衣着せぬ批判を行っていた。

日本のSF作品に対して同様の疑問を抱いていた人は多いようで、ネット上では《この手の少女信仰はSF小説が一番ひどい》《海外SF読んでから日本の作品を読むと、気持ち悪くて読み進められない》《ハリウッドのSF映画はおっさんが主役でヒロインもおばさんなのに、日本のSF映画はたいてい女子高生が主役だよな》といった共感の声が相次いでいる。

時代錯誤?「少女」を特権視する文化

伊東が指摘するように、日本のSF業界において「少女」という存在が特別な扱いを受けてきたことは間違いない。ここ20年の間に「日本SF大賞」を受賞した作品にかぎっても、冲方丁の『マルドゥック・スクランブル』や貴志祐介の『新世界より』、伊藤計劃の『ハーモニー』など、少女をめぐる物語が数多く生み出されている。

さらに時代をさかのぼってみても、筒井康隆の『時をかける少女』を始めとして、日本では少年少女が活躍する「ジュブナイルSF」が高い人気を誇っていた。ちなみにジュブナイルSFは、現在流行している「ライトノベル」の下地となったジャンル。SFとマンガ・アニメ文化は親和性が高いと言われるが、その理由として「魅力的なヒロインが登場する」という点があることは間違いない。

とはいえ、欧米圏のSFにも少女を特権視した作品は多く存在する。古典的な名作として名高いロバート・A・ハインラインの『夏への扉』には、ヒロインとして少女が登場。ジェイムズ・ティプトリー・Jr.の『たったひとつの冴えたやりかた』は、16歳の少女を主人公とした冒険譚だ。

しかし日本と違い、海外SFでは1960年代から女性をめぐる固定観念を覆す「フェミニズムSF」が盛り上がっていた。フェミニズム的な発想において、男性の理想を詰め込んだ“偶像”としての少女はその存在を根底から問い直される。そうした歴史があるからこそ、現代の海外SFでは少女を描く際にさまざまな配慮が行われるのだろう。

国外の作品と比べて、日本SFが「幼稚」だという見方には一定の説得力がある。日本産のSFがほとんど海外で評価されていないのは、そんなガラパゴス的な風土が関係しているのかもしれない。

文=大上賢一

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