堀江貴文へアンサー! 映画『えんとつ町のプペル』は素直に泣けるのか?

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絵本作家兼お笑い芸人・西野亮廣が製作総指揮を務め、何かと噂になっている映画『えんとつ町のプペル』。先日、同作についてのレビュー記事を寄稿したのだが、ツイッター上で堀江貴文氏から反論をいただいた。そこで、真摯な態度であらためて作品の評価を見直していきたいと思う。

「えんとつ町のプペル」をめぐる論争

以前公開した記事は、「【徹底検証】映画『えんとつ町のプペル』を偏見ゼロでレビュー! 評価できる3つのポイント」というタイトル。内容を簡単に説明すると、「お話はそこそこ面白いけど地味、ただしチャレンジングな要素が多く含まれる」というものだ。

好意的なレビューのつもりだったが、この記事の内容について、堀江氏からは《こんな小難しい事考えずに素直に泣けばいのに。性格ねじ曲がってるな。。》という指摘を受けた。

さらに同ツイートのリプライ欄では、《そう思います。良いものは「良い」だけで良いのでは》《批判しないと仕事にならないんでしょう》《何もわかってない人が書いている記事ってバレバレですね 西野さんの伏線のこともっと勉強した方がいい(笑)》と、堀江氏に賛同する声が多数あがることに。

「泣ける」以外の感想を抱いた瞬間、熱烈なファンに吊し上げられる映画…。結果「えんとつ町のプペル」はそうした〝同調圧力〟を感じさせる映画という印象が刻み付けられた。

「体感型映画」だと思えば泣ける

オンラインサロン系のビジネスを〝信者ビジネス〟と呼ぶ風潮があることを、今までは半ば他人事のように眺めていた。しかし今回の一件で、実際にとても強い同調圧力があることを体験できたのは興味深い。

堀江氏が「素直に泣けばいいのに」と言えば、「私は素直に泣けました!」と主張する。そしてそれ以外の意見の人間を見つけては、何もわかっていないと馬鹿にする。まさに教祖と信者に似た関係性がそこにはあるようだ。

しかし、ここであることに思い当たる。この熱烈なファンたちの行為は、まさに「えんとつ町のプペル」に登場する〝えんとつ町の住民〟そのものではないか、と。

主人公のプペルやルビッチのような正直者がいると、えんとつ町の住民は滅多なことを言うなと圧力をかけてくる。同作への率直なレビューを退けようとする人々は、まさに作中で批判的に描かれているキャラクターを現実世界で再現しているようではないか。

だとすれば「えんとつ町のプペル」は映画館を出た後に、ファンたちの手によって作品と同じ体験を与えてくれる「体感型映画」だと言えるだろう。それに気づいた瞬間、今までありきたりだと思っていた映画のストーリーが、一気に色づき始めた。

実際にファンからの同調圧力を体感した今では、町中で迫害を受けたプペルやルビッチの感情が、手に取るようにわかる。そして映画内で語られていた、「正直に自分の気持ちを曲げないこと」の大切さも…。

そうだ、この世界は、えんとつ町そのものなのだ。真実に思いいたったことで、ようやく退屈な主張を捨てて、素直に涙を流すことができた。

「えんとつ町のプペル」は、肯定的な感想を持たないとファンから叩かれる恐ろしい映画だ。しかし、その恐怖の先に、他のどの映画にもなし得なかった実体験としての感動が待っている。同作を見るべきか二の足を踏んでいるみなさんも、ぜひ観賞後に素直な感想を呟いて袋叩きにあう「リアルえんとつ町」を体感してみてほしい。

文=富岳良

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