アニメ『覇穹 封神演義』は何が悪かったのか… 待望のリメイク版も“超駄作”認定

アニメ『覇穹 封神演義』は何が悪かったのか… 待望のリメイク版も“超駄作”認定

アニメ『覇穹 封神演義』は何が悪かったのか… 待望のリメイク版も“超駄作”認定 (C)PIXTA

藤崎竜の漫画『封神演義』といえば、1990年代の『週刊少年ジャンプ』で人気を博したレジェンド作品。その人気から2度にわたってアニメ化されたが、いずれもファンの期待を大きく裏切って大コケしている。とくに2018年のリメイク版『覇穹 封神演義』は、不評のあまり〝存在しなかった〟ことにする人も。一体何がそこまでファンの逆鱗に触れてしまったのだろうか?

1999年に制作された初代アニメ『仙界伝封神演義』は、原作にないオリジナル展開が多かったことで有名。ファンたちは原作に忠実な作品が作られることを望んでいた。その期待に応えるように、『覇穹 封神演義』は放送前から「原作を愛するスタッフが集結」という触れ込みで注目を集めていたようだ。

しかし、実際に完成したアニメは多くのファンから駄作と認定される最悪の結果に。何がひどかったのかというと、もっとも大きな理由は「シナリオ」だろう。長いストーリーを短くまとめるために重要シーンが大幅カットされ、矛盾や違和感が随所に生じたのだ。そもそも同アニメは2クール・全23話で放送されたが、原作コミックスは23巻なので1話あたり1巻のペースになる計算。これを企画した時点で、原作に忠実なストーリーなど不可能だと分かるだろう。

あまりに原作とかけ離れているため、多くの人が脳内から存在を消したいと願っている様子。ネット上では、《封神演義…リメイク…うっ、頭が》《封神演義、まじで好き。アニメ化されないのはなぜだろう》《いつか封神演義もアニメ化されるといいな》といった声があふれかえっている。

現代のアニメとは思えない低クオリティー

「覇穹 封神演義」の欠点はシナリオだけでなく、他にもさまざまな不評ポイントが存在する。たとえば主人公の太公望は、頭脳派で狡猾ながらも人情味のあるキャラとして造形されていた。しかしアニメではそういった内面描写がカットされ、情に欠けた行動をしているような印象に。太公望以外の一部キャラも、似たような理由で原作と違った性格となっている。

また太公望には、悪しき仙道365名を駆逐する「封神計画」を目標としている…という設定も。ところがアニメのラストではラスボスを倒しただけで、その後は具体的な説明もなくこの計画が完遂されたことになっていた。

さらには内容を詰め込むために、作中の時代背景や専門用語の解説をすっとばしたり、展開が早すぎて一部の声優が早口でセリフをまくしたてる始末。挙句の果てには確認不足による誤字連発と、とにかく難点を挙げるときりがない。あまりにクオリティーが低いため、ほとんど新規ファンを獲得できなかったようだ。

ちなみに原作が連載中だった90年代頃の「ジャンプ」は、読者を惹きつけるために引き伸ばしが度々行われていた。だが同作は当時としては珍しく、露骨な引き伸ばしもなくきれいに完結している。ムダの少ないストーリー構成のため、アニメ化しやすかったはずだが、なぜかその期待は裏切られた。

1999年版に引き続き、リメイク版でも大失敗に終わってしまった「封神演義」のアニメ化。もはや呪われているとしか思えないが、いつかファンの願望が叶う日が来ると信じたい。

文=野木

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