『ONE PIECE』の原点! 尾田栄一郎が漫画を学んだ3人の“師匠”たち

『ONE PIECE』の原点! 尾田栄一郎が漫画を学んだ3人の“師匠”たち

『ONE PIECE』99巻(尾田栄一郎/集英社)

『ONE PIECE』といえば、現在の『週刊少年ジャンプ』を代表する国民的人気コミック。同作を生み出すまでに、作者・尾田栄一郎がどのような道を辿ってきたのかご存知だろうか。今回は尾田にさまざまな影響を与えたと思われる、漫画の師匠たちをご紹介しよう。

漫画家としての第一歩を踏み出した場所

<1人目>甲斐谷忍
尾田が初めてアシスタントを務めたのは、『LIAR GAME』や『ONE OUTS』などで知られる人気漫画家・甲斐谷忍の仕事場。甲斐谷の連載デビュー作である『翠山ポリスギャング』の製作に、アシスタントとして携わった。その期間は約1カ月と短かったが、少なくとも甲斐谷に対しては大きな印象を与えたようだ。

2009年に刊行された書籍『LIAR GAME/Invitation』の中では、甲斐谷と尾田による「特別師弟対談」が実現。そこでは、尾田が初対面の時から「ルフィそのままの人物だった」という印象が語られている。

当時、尾田には『月刊少年ジャンプ』の編集者が担当としてついており、同誌に読み切りも掲載されていた。しかし『週刊少年ジャンプ』の作家になるという夢しか眼中になく、連載は拒否。そんな破天荒な生き様を見て、甲斐谷は「大物になる」と確信したという。

<2人目>徳弘正也
続いて尾田が師事したのは、『ジャングルの王者ターちゃん』を生み出したベテラン漫画家・徳弘正也。アシスタント歴の中で一番長い期間を徳弘のもとで過ごしており、もっとも大きな影響を受けた存在と言える。そのため2人の漫画の描き方には、いくつもの共通点が。たとえばシリアスな場面でもギャグを挟む、キャラクターの人情を大切にする…など、さまざまな点で影響関係を見て取れるだろう。

また、『ONEPIECEイラスト集 COLORWALK 7 TYRANNOSAURUS』で行われた対談では、尾田が「ターちゃん」の背景を手伝った際の失敗談を告白。モブキャラをシルエットで描き分けることができなかったため、その後もずっと後悔することになったらしい。尾田はそれからキャラクターのシルエットを意識して書き分けるようになったそうで、今の「ONE PIECE」があるのは「この一コマがあったから」とすら語っていた。

ちなみに尾田は漫画家として成功してからも徳弘への恩を忘れておらず、毎年お中元やお歳暮を送っているのだとか。