藤本タツキ『ルックバック』の“修正”は本当に正しいのか? 浮かび上がる様々な疑問点

藤本タツキ『ルックバック』の“修正”は本当に正しいのか? 浮かび上がる様々な疑問点

藤本タツキ『ルックバック』の“修正”は本当に正しいのか? 浮かび上がる様々な疑問点 (C)PIXTA

漫画アプリ『ジャンプ+』上で発表され、累計500万PVを記録している藤本タツキの話題作『ルックバック』。8月2日、同作のワンシーンが「偏見や差別の助長につながる」として修正を加えられ、ネット上で大きな物議を醸している。

同作は、「漫画」をきっかけとして出会った藤野と京本の半生を描いた作品。2人の成功や挫折を通して描かれる物語は、創作に携わる人の心に強く訴えるものがあり、口コミで爆発的な人気を博すこととなった。

しかし作中で、2019年に起きた「京都アニメーション事件」を彷彿とさせるシーンが描かれたことが議論の的に。そこに登場する犯人が「統合失調症」を連想させ、差別・偏見を助長するとして、一部で批判を浴びていた。今回の修正では、そうした犯人の特徴が大きく改変され、動機のあいまいな「通り魔殺人」となっている。

修正前のバージョンに触れていた読者からは、この変更に対して《加害者も創作を志していたという読み方が難しくなったのは残念に思うな》《一気にチープになってしまった感覚がある》《犯人の動機とセリフの変更だけで、こんなにも世界観とか後味が変わってしまうんだな… 一部の読者のためだけに修正したという事実もつらい》《対比だったことに犯罪者の意味があったのに、これでは何も意味がなくなる》といった批判が相次いでいる。

作品のテーマも別物に? 修正は正しかったのか

報道によると、まず作者から修正の申し出があり、編集部での協議が行われたという。しかしその修正内容には、疑問点も多い。

そもそも修正前の「犯人」は、藤野や京本と同じ創作畑の人間として描かれていた。同作のテーマが「クリエイターの業を描く」というものだったと考えると、その存在は大きな意味を持っていたと言わざるを得ない。修正後にはクリエイターを志す者とクリエイターの〝敵〟が対峙する、というシンプルな構図となっており、多様な読みの可能性が失われているからだ。物議を醸したからといって早急に修正するのではなく、編集部を含めて慎重に方向性を検討すべきだったのではないだろうか。

また、この度の対応によって「クレームを入れれば作品を変えられる」という前例ができてしまったとも言える。もちろん実在の事件をモデルとした場合、関係者から届いた意見を尊重することは大切だ。しかし「ルックバック」の場合、関係者から具体的にどのような声があがっているのかも不明瞭なまま、一部で問題視されているという〝空気〟を受けて修正されたようにみえる。こういった対応が示されたことで、「SNSで炎上しそうな表現は避ける」という風潮が生まれてしまう可能性もあるだろう。

あらゆる創作物はその時代に消費されるだけでなく、何十年も時間を超えて読み継がれるもの。SNS上の空気によって内容を変えることが本当に正しいのか、今一度考えるべき時が来ているのかもしれない。

文=野木

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kohanova / PIXTA

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