松坂大輔はなぜイチローになれなかったのか…“平成の怪物”の軌跡を振り返る

松坂大輔はなぜイチローになれなかったのか…“平成の怪物”の軌跡を振り返る

松坂大輔はなぜイチローになれなかったのか…“平成の怪物”の軌跡を振り返る (C)PIXTA

松坂大輔といえば、〝平成の怪物〟としてプロ野球界を盛り上げてきたカリスマ的投手。しかし最近ではメジャーリーグで未曽有の活躍を続ける大谷翔平の登場により、その印象が薄れつつあるようだ。松坂は一体なぜ、大谷やプロアスリートとしてキッパリを身を引いたイチローのような存在になれなかったのだろうか…。

松坂の活躍は、『横浜高校』時代までさかのぼる。当時、松坂は高校生にして最速150キロを超える直球をもち、決め球のスライダーを武器に高校野球界を席巻していた。そして1998年春の『選抜高等学校野球大会』で優勝を飾ると、夏の『全国高等学校野球選手権大会』の決勝戦でもノーヒットノーランを記録。圧倒的な実力で春夏甲子園連覇を成し遂げた。

それから1999年に、ドラフト1位で『埼玉西武ライオンズ』に入団。同年4月7日の『日本ハムファイターズ』(現・北海道日本ハムファイターズ)戦でプロ初先発を果たすと、8回2失点でプロ初勝利を手にする。最終的に16勝を挙げ、最多勝にベストナイン、ゴールデングラブ賞、新人王を獲得する活躍を続けていく。

以降「ライオンズ」で7年にわたって計108勝を挙げ、2007年からメジャーリーグに挑戦。『ボストン・レッドソックス』に所属すると、1年目から15勝という見事な成績を残し、チームとしてはワールドシリーズを制覇するなど輝かしい1年となった。

しかしその後、松坂はかつての輝きを完全に失うことに。2年目には18勝と前年を超える成績を収めたものの、3年目以降は右肩の故障で徐々に成績を落としていったのだ。

平成の12億円事件!? ファンたちの執拗なバッシング

2015年、松坂は『福岡ソフトバンクホークス』と3年間で年俸12億円という大型契約を結び、日本球界へ復帰。この年俸は大きな期待の現れだったはずだが、右肩痛の影響もあり、3年間でわずか1試合しか1軍で投げることはできなかった。そんな松坂に対し、ファンは「給料泥棒」だとバッシング。中には「平成の12億円事件」と揶揄する者も…。

その後、2018年に入団テストを経て『中日ドラゴンズ』へ移籍。医師の治療により右肩が回復し、同年に6勝を挙げて見事な復活を果たす。しかし、翌年に握手したファンから右手を引っ張られたことにより、ふたたび右肩痛を発症。シーズンのほとんどをリハビリに費やすこととなった。

災いはそれだけでは終わらない。2020年には古巣「ライオンズ」で復活を目指すが、今度は首の痛みと右手のしびれに悩まされ、頚椎内視鏡頸椎手術を受けることに。それでも患部は癒えず、2021年7月に現役引退を発表した。突然の引退発表には日本中が騒然となり、《松坂引退か。野球を楽しませてくれてありがとう。おつかれさま》《時代を象徴する名投手だった》《松坂引退するのか…。ワインドアップくっそかっこよくて野球やってた頃は真似して投げてたなぁ…》といった声がSNS上を埋め尽くしている。

おそらく、松坂ほど多くのファンから愛され、バッシングを受けた選手は他に存在しないだろう。彼の偉大な功績を称えるとともに、今後の道を応援していきたい。

文=「まいじつエンタ」編集部

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