『バクマン。』が描けなかった衝動…“純粋”に漫画と対峙する傑作『これ描いて死ね』

『バクマン。』が描けなかった衝動…“純粋”に漫画と対峙する傑作『これ描いて死ね』

『バクマン。』が描けなかった衝動…“純粋”に漫画と対峙する傑作『これ描いて死ね』 (C)PIXTA

「漫画を描くこと」をテーマとした漫画作品は、過去にいくつも存在した。『バクマン。』はそのもっとも有名な例の1つだが、実は同作で表現されているのは一面的な漫画家像でしかない。

今回取り上げる『これ描いて死ね』は、「バクマン。」に欠けているものを詰め込んだ、世界一ピュアな漫画家漫画と言えるだろう。

「漫画を描くこと」の素朴な楽しさ

「これ描いて死ね」は、『ラブロマ』や『金剛寺さんは面倒臭い』で知られるとよ田みのるの最新作だ。

物語の主人公、安海相(やすみ・あい)は東京都の島しょ・伊豆王島に住む高校1年生。漫画を何よりも愛している彼女は、長年活動休止状態だった憧れの漫画家「☆野0先生」がコミティアに出展することを知り、東京に旅立つ。

そしてコミティア会場での人生を変える出会いから、漫研を立ち上げることを決意。作画担当の藤森心(ふじもり・こころ)と共に、漫画制作に挑戦していく…。

漫画をテーマにしている点や、作画と原作で担当が分かれている点など、『バクマン。』『G戦場ヘヴンズドア』といった過去の漫画家テーマの作品を思い出す部分も多い。

しかし「バクマン。」は、『週刊少年ジャンプ』という漫画家同士の熾烈な競争の中で、商業的な成功を目指すストーリー。

そして「G戦場ヘヴンズドア」は、プロの生き方そのものを問う作品だ。

その中で「これ描いて死ね」がユニークなのは、純粋に漫画を“趣味”として楽しむ方向性が定まっていることだろう。

主人公たちの目標は、誰でも参加可能の同人誌即売会で漫画を売るという等身大のもの。

そして創作の原動力は“読者を楽しませること”であり、商業主義の論理はほとんど入ってこない。

創作讃歌としての漫画家漫画

扱っているテーマこそ派手ではないものの、同作には漫画家の初期衝動とでも言うべきものがあふれている。

なにせ第1話では、地動説を発見した天文学者のように、主人公の安海が「漫画を自分で描ける」ことを発見するシーンが登場するのだ。

そこから漫画の描き方を一から知っていき、初めて人の心を動かした時の喜びなど、フレッシュな感情が次から次へと押し寄せる。

その様子を通して、読者も“漫画の面白さ”をあらためて体感することだろう。

また、元プロ漫画家の先生や、実力派アマチュア漫画家である石龍さんなど、漫画に対してさまざまなスタンスをとるキャラクターが登場することも魅力の1つ。

かつて創作していた人、現役バリバリの人、まだ創作を始めていない人、どんな視点からでも楽しめるように作られている。

そして作中では主人公たちが同人イベントに作品を出展することを目指し、一喜一憂するのだが、それはいずれも“別世界の出来事”ではない。

少しの行動力さえあれば、自分でも十分体験できることばかりだ。

「☆野0先生」の漫画を読んだ安海のように、気づけば読者たちは創作の世界に足を踏み入れていることだろう。

文=富岳良

【画像】

Masson / PIXTA