『ONE PIECE』1050話で誤植発覚!? 光月日和の登場シーンが台無しに…

『ONE PIECE』1050話で誤植発覚!? 光月日和の登場シーンが台無しに…

『ONE PIECE』102巻(尾田栄一郎/集英社)

セリフの1つひとつまで注目され、さまざまな考察が繰り広げられることでお馴染みの漫画『ONE PIECE』。5月30日発売の『週刊少年ジャンプ』26号に掲載された最新話では、とある1コマにまさかの誤植疑惑が生じてしまい、ネット上で議論が巻き起こっている。

※『ワンピース』最新話の内容に触れています

問題になっているのは、第1050話『誉れ』の一幕。死んだはずの“小紫”こと光月日和が、民衆の前にふたたび姿を現わすというシーンだ。民衆の1人は目の前の光景を信じられず、「これは夢か幻か?」というセリフを漏らす。

この「幻」に対して、「うつつ」というルビが振られていたことで、誤植疑惑が浮上。というのも本来、「うつつ」は「現」と書くことが正しいとされており、「幻」の読み方としては使われないからだ。

むしろ言葉の意味としては、「現」は現実を指すのであり、「幻」とは全くの正反対になってしまう。もし意図的なものでないとすれば、なかなかに恥ずかしいミスと言えるだろう。それに気づいた読者からは、《逆やん》《なんで編集は指摘しないのか》《どっちも現実じゃなくて草》といったツッコミが相次いでいる。

高度な伏線だった可能性も

一見すると誤植のように見えるのだが、そこで反論しようとする人もいるようだ。小説などの文例から、「夢幻(ゆめうつつ)」という使い方があることが指摘されている。

たとえば、夏目漱石や泉鏡花といった戦前の文豪たちがこの表現を使っており、日本文学の名作と名高い徳田秋声の『あらくれ』でも「夢幻(ゆめうつつ)」とルビが振られているという。「ONE PIECE」も後世に語り継がれる古典となることは間違いないので、現代における貴重な用例として保存されるかもしれない。

その一方で、作者・尾田栄一郎が意図的にこのルビを選んだという説もある。たんなるミスではなく、壮大な伏線か何かだという見方だ。SNS上では《夢か幻(うつつ)かって高度な伏線なんかな》《自分には馴染みがないけど、正気ではないという意味を出したくて「現」ではなく、あえての「幻」にしたのかな》《伏線やろ、ワノ国もカイドウ倒したのも全部幻やったんや》と考察されており、今のところ答えは出そうにない。

意図的なルビである可能性も高いが、もし誤植だったとすれば、単行本に収録されるタイミングで修正されるはず。その暁には、ルビ自体が夢か幻だったことになるだろう…。

文=「まいじつエンタ」編集部
写真=まいじつエンタ
■『ONE PIECE』102巻(尾田栄一郎/集英社)

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